記 録2011年07月10日(日)〜11日(月)   天候:晴 時々曇 
メンバー てでぃ単独
アプローチ 阪神高速神戸線・姫島入口[8:30]〜南阪奈道・葛城出口〜R42〜R168〜道の駅・吉野路大塔[10:15]〜旭・峠の登山口[11:20]
コース・タイム 10日:旭・峠の登山口[11:30]〜太尾尾根〜赤井谷〜太古の辻[18:20]〜大日谷〜深仙股谷〜本流出合[19:50](ビバーク)
11日:本流出合[4:45]〜垢離取場〜前鬼・小仲坊[6:30]〜前鬼口バス停[9:35]
地図 国土地理院 1/25000 南日裏・弥山 [奈良県] 
メモ   大騒ぎになる前に、なんとか家族に連絡が出来たことだけが幸いだった、自身の不注意による全装備の紛失という、考えられないような事態、最近、山を甘く見た行動に対する天罰かもしれない、今、振り返ると、自身の判断の甘さもあり反省すべきことばかりだ、家族や、鈴北さん、まるさん、よこちゃんに心配をかけて申し訳ありませんでしたと平謝りした、仕事も急に半日休むことになり、大勢の方達にも随分迷惑をかけ、これも平謝りだった、まるさんからは、今後単独は慎んでくださいと、きつく云われた、全ては自身の身から出た錆、今後は一層の安全を期して山に向かいたいと思う。
山は季節・天候で変化します。ここに掲載した記録・写真等は実際の山行には参考程度に留めて下さい。
備忘録



10日(日)

  まるさんと月末に控えた例会の下見に行く予定だったが、まるさんが前日のゴルフで疲れてるようなので、単独で行くことにした、単独の時のいつもの事だが、寝坊をして家を出たのは8時過ぎ、下見なので要所だけ見てショートカットで帰ろうと考えていた。マクドでコーヒーとバーガーを仕入れ、高速に乗った。時間が遅くなった分交通量多く、大塔には前回より30分以上長くかかった、再度コーヒータイムで、ここでバーガーを頂いた、これ以降、丸一日、水以外を口にすることがなくなるとは考えもしなかった。順調に太尾への「旭の峠・登山口」に着く、車は10数台ほどだったろうか、平地に止めれず路肩に止めた。
  いつもなら登山靴で行くとこだが、履き替えるのも面倒なので、沢靴で行くことにした、僕のはアクアステルスなので平気だった、結果的にはこれはよかった。トレだと思い結構飛ばして太尾の尾根の合流点、とりあえず踏み跡から藪に入り、赤井谷に下降開始、目的の尾根は目の前にあったが、沢靴での下降は足の指が痛くなるので、手前の支谷で一直線に下降、水もちょろちょろとあり、数メートルの滝も出て、トレーニングモード、ほどなく素敵な森が広がり出し、撮影に結構時間を食ったが、十分に18時までには下山できると考えていた。右岸を歩き、途中朽ちた丸木橋のところで左岸に移る、ここの森も美しく感動する、眼下にナメ滝が見えたので、沢に降り、100mほど遡行、水遊びには丁度良いと感じた、支沢との分岐から深仙の宿への道を確認し、どうするかを考えた、このまま千丈平に上がり帰るには、ちょっともったいないと思う、釈迦ヶ岳も去年来てるので、大日岳の岩山を登ろうと考える、時間的にも飛ばせば十分だと思った、この時点で14時を廻ったぐらいだったと思う、いつも写真でコースタイムを起こすので、細かくは覚えていない、ただ日没までには十分という判断であった。

  支沢の最後の水で喉を潤し、昼食にしようかとも迷ったが、暑さで食欲もなかったので、稜線に上がってからにしようと思う、ここで食べていれば何事もなく帰還できたような気もするが、後の祭りだ、稜線も見えていたので、勢いよく笹薮を谷筋に沿い歩いていった、稜線まで後わずかのところで、展望が開けてきたので写真を撮ろうと、ポケットに手を入れるがカメラがない、乗り越えた倒木の時かと思い、少し戻り探し歩くがなかった、最後に水を飲んだとこだと最終的には思い、ザックを下ろし空身で一目散に駆け下りた、しかしカメラは30分ほど探したが見つからなかった、あきらめることにした、お気に入りの防水のシルバーのオリンパスμだった、悔やみながら、これは大日も時間切れだと思い、千丈平に向かうかと考えながら、ザックを取りに戻り上がる、しかし思うところにザックが見当たらない、隈なく探すが見当たらない、いつもはポケットに入れている車のキーも、今日に限ってザックの中、勿論携帯電話も地図も・・・・、時間の経過と共に焦る、ザックさえ見つかれば、ヘッ電も入っているので帰ることに問題はないのだが・・・見当たらない、冷静でいたつもりだが、時間の経過とと共に、やはりパニックに陥っていたと思う、何時間探したのだろう、陽が傾き出して、きっと我に返ったのだと思う、奥駈道に立っていた、どうする、初めて喉の渇きを覚えた、この暑さの中、もう数時間、水も飲んでいない、とりあえず水が欲しい、今の状況を考えだした、着の身着のまま、長袖を着ていたのは幸いなこと、しかし濃いサングラス、ど近眼の僕は眼鏡なしでは歩けない、これでは薄明ではおそらく歩けないだろう、時間はもう18時前だったと思う、ここからもっとも近い人の居るところは前鬼小仲坊、確か公衆電話もあったと記憶している、幸い免許証入れはお尻のポケットにあり、1万円入っていた、旭に向かったところで日暮れまでに辿りつかない、途中の深仙の宿で誰か登山者の宿泊を期待するか、これも駄目だ、やはりビバークになるかもしれないが、前鬼を目指そう、そう思い、太古の辻へと向かった。

  奥駈道をまさに駆けるように太古の辻に到着、一息つくとますます喉が渇き、このままでは脱水で、錯乱するのが怖くなってきた、また様々な考えが頭をよぎる、もし陽が暮れるまでに前鬼に着かなかったら・・・・、赤井谷の源流に戻るか、少しでも早く降りたい、やはり深仙の宿か、水場があるのは知ってたが、もし見つけられなかったらどうする、前鬼川の支流の水の出てるとこまでなら、多分明るい間に着けそうだと思いだす、多分ほんの数分の立ち止まりだったと思う、思考だけがくるくる廻っていた、でも、パニクっていたと今は思う、ビバークはすでに必然、それよりも水が欲しい、朝まではとてももたない、そう結論づけた、一気に前鬼への道を駆け下る、もう時間の感覚はない、ただ明るい間に水のあるところへ、その考えしかなかった。下り出して、眼下に沢筋が視認できた、ためらわず、その沢めがけて降りた、尾根に乗る、幸い薄いが踏み後は分かる、一気に降りた、そして待望の水が飲めた、どれほど飲んだのだろう1リットルほどか、頭から水をかぶり顔を洗い、汗臭いタオルも洗い、冷静さを取り戻した気がした。

  ここでビバークして、明日、夜明けと共に登り返し、登山道で前鬼に出るのが一番だが、今降りてきた急坂を登り返す元気が明朝あるだろうか、むしろ、まだ少しは明るいので沢筋を降りたほうが、どこででもビバーク出来、いいのではと思い出す、理由は前鬼の沢は三度来ていて、この辺りの沢も以前研究したことがあったからだ、今居るのは、多分、杖谷の一本北の谷(帰って地図を見ると大日谷と分かる)、間違いなく深仙股谷までは降りれる、そして、この沢も本流との分岐に二本の大きな滝こそあるが、容易に巻けるはず、そして本流との出合からは、左岸に杣道が垢離取場まで付いているとの記憶、よし下ろうと思った、(今考えると、その場に留まる方が間違いなく安全だったと思う)、沢靴を履いてたおかげで、安心して下降できた、数メートルの滝はあったが、容易に降りれた、そして深仙股谷、ここも問題なく下降、何本かの数メートルの滝も巻かずに、確か右岸側に岩溝があり、バック&フットやオポジションで容易に降りれた、暗闇が迫る頃、どうにもならない滝に遭遇、とにかく左岸と考え、巻き上がると、見覚えのある2条の10mの滝だった、本流の出合はすぐそこだ、手前のナメ滝も巻いてる途中で確認したが、いよいよ暗闇がおして、見えなくなってきた、その時、尾根が切れ沢筋に立った、ちょうど二股(深仙股谷分岐)の本流(内離谷)に架かる滝上だった。

  丁度、雨が降っても入れるほどの大岩横でのビバーク、増水しても這い上がるラインと水を飲むラインを確認して、岩にもたれ一息ついた、これは家では大騒ぎだな、と思うがイライラするので極力考えないことにした、そして想像通りの漆黒の闇に包まれ、自分の手さえ見えなくなった、眼を開けていても、閉じていても一緒だったが、ずっとこの闇を見据えていた、時間は20時前だったと思う、この頃は水を飲みに這ってみたり、尾根へ少し這って上がったり
して、今以上の最悪の状況を考えていた、手が見えると思うと、沢上の樹間に満月が上がってきた、それも小一時間で元の暗闇に戻った、時間だけが気になり、時計のライトを点けては見ていた、このライトにどれほどの勇気をもらったか、高度は730mだった、気圧も少し上昇気配、雨の心配はなさそうだ、聞こえる音は、滝のそばだったので、ゴーゴーと水の音が鳴り続けていた、これもよかったかもしれない、静寂だと、少しの物音に熊ではないかと怯えたかもしれない、少し横になったりしたが、こんな時間から眠れる筈も無く、頭だけは回転していた。

  22時前から急速に冷え込んできた、寒かった、歯の根が合わないほどではなかったが、数分おきにブルッと来る寒さに眼が冴える、闇を見据え、胸の中でつぶやいていた、決して見苦しい声を出したり、暴れたりすることはなかった、膝を抱え、ただ耐えた、そして胸の中でつぶやいていた、すべては書かない、ただこの程度の寒さは、雪山の幕営では当たり前ではないか、そう思い耐えた、ウトウトしかけては寒さで眼が覚める、そのたびに時計を見る、正確に20分周期だった。



11日(月)

  さすがに未明の冷え込みはきつく、3時を廻ってからはウトウトも出来ず、震え続けていた、時折立ち上がり体操をしだしたが、お腹がグーグー鳴り、空腹を覚えるだけで、気を紛らわしてるに過ぎなかった。しかし、この頃から頭の中は、行動を開始してからのことばかり考えていた、とにかく左岸に上がり、垢離取場を目指す、一時間ぐらいか、垢離取場から前鬼・小仲坊は何度か歩いてる山道なので何の問題もない、勝負は垢離取場まで、頑張るのみと自身を鼓舞するも寒さは一緒だ。4時をやっと過ぎて、薄明期に入った、周囲の景色がサングラス越しにも少しづつと見え出す、立ち上がり身体を動かそうと、足元を見れば、まだ定かでなかった、もう少しの辛抱、身体が冷えてはいけないので、水を一晩我慢し飲まなかったが、動く準備と空腹を抑える為にも、思い切り飲んだ、少しづつだが・・・。
  4時45分、足元が見えるようになった、まず左岸に上がるには、本流滝上は全て岩壁だったので、上流に向け遡行する、大岩のゴーロ帯、濡れたくなかったが水際をバック&フットで上がり、全身濡れるも、もう寒さも空腹も感じなかった、30mほど上がったところで、左岸に這い上がれそうな斜面がやっと出てきたが、股下までつかり左岸へ取り付かねばならなかった。10mか15mほど上がったところで下れるラインに乗った、あとはよく覚えていない、いつしかテープが出てきて、明らかに切り開かれた杣道だった、ただ一目散に降りた、結構急な場所もあったが気にもならない、ただ少しでも早く家に連絡したかった。やがて、おだやかな道になったと思ったら、前方に標柱、「垢離取場」とあった、鉄梯子を降り、本流へ、また水をガブ飲みする、安堵感がただようと、空腹感が強くなる、5時55分だった。
  
  前鬼・小仲坊へは、地蔵尾根の祠までは結構登っていてしんどかったが、休まず歩きとおした、6時30分到着、そして小仲坊の扉を叩いたが、誰も出てこない、鍵もかかっていた、この時間なら人がいれば起きてる時間、宿泊者が居ないので帰宅されたのか、別棟の宿坊の扉を開けたが、ここにも誰もいなかった、公衆電話の前で、どうしようかと思う、小銭がなければ電話がかけれない、110番ならかかるだろうと意を決し、電話ボックスの中に入ると、善意の小銭と書かれた箱に小銭が入っていた、ありがたかった、遠慮なく100円ほど使わせていただいた、必ずお返しに上がりますと頭を下げた、自宅と連絡がとれ、無事であること、電車で帰るので、午前の仕事を休まなくてはならないことを告げ切った。これで大騒ぎにならずに済んだと思うと、力が抜けた、しかし、まだ、バス停のある前鬼口まで3時間ほど歩かなくてはならない、水を飲ませていただき、トイレも済ませ、下山を急いだ、陽が上がるにつれ暑くなってきた、頑張って歩かねばと思った、途中、釣り人らしき人に出会い、道を聞かれた、何事もなかったように答え下山を急ぐ。林道ゲートで1パーティがテントを張って食事の準備中だった、思わず「あまった食料があれば分けていただけませんか」と声を掛けていた、驚かれたようだが、事情を話すと、嫌な顔一つせずにパンを頂いた、暖かい味噌汁も作ってくださり、おいしかった、ただ感謝あるのみでした。

  これで元気が出た、朝から暑かったが、前鬼口まで歩きとおせた、9時30分だった、バスの時刻表を見ると、次のバスは12時過ぎだった、3時間近く、ここで待たなければならない、とにかく杉の湯川上まで行って、再度自宅と連絡を取りたかった、食料と飲み物も欲しかった、ダメ元でヒッチハイクを試すことにした、1台目は空しく通り過ぎた、2台目は、ラッキーにも止まって頂けた、事情を話すと、乗せていただけた、おまけに川上どころか、上市に近い楢井のバス停まで送っていただき、近鉄の上市の駅に、11時に着いた、再度自宅と連絡を取り、冷たいコーラも飲めたが、食べるものを付近で売っていなかった、それでもすぐに電車も来て、自宅に13時に着いた、長い1日半、家内をはじめ家族は怒っていた、当然だと思う、謝るしかなかった、心配をかけた山仲間に電話をかけ、事情を説明、ひたすら謝った、午後の仕事が始まるまで、しばし横になり、仕事をこなした、朝来てくれた方には、嘘もつけず遭難してましたと笑いながら謝った、仕事を終えた21時過ぎ、予備の鍵をもって車の回収に、再度、旭まで友達に乗せていってもらった、深夜の旭林道、鹿多数に、イノシシまでいた、熊注意の看板に、友人は本気でビビっていた、それでも24時前に到着、無事、車の回収ができた、止まっていたのは僕の車だけだった、自宅に戻ったのは深夜の2時45分、長かった、ホントに長い2日だった、緊張の糸が切れ、翌朝起こされるまで、爆睡あるのみだった。










  すぐにでも書こうと思ったが、やはり貴重な経験、冷静になってからしっかりと書こうと思った。地図と記憶を頼りに色々と考えた、どうやら谷筋を一本間違えて荷物を探していたのではないかと、今、考えている。そして、冷静に自分の取った行動を思い返すと、それが正解だったかどうかは判断がつかない、思うことは、やはり沢の源頭でビバークするのが正解だと思う、ただ結果オーライだったような今回の結果だろう。  
  丁度、このアクシデントの日から、自宅のリフォームがスタート、仕事の休みの日は、仕事場のリフォーム、お盆休みも、ザックの回収に向かえず、これを書いている今日現在、行けていない、正直、胸にわだかまるものがあり、気持ちが悪い、回収したところで、かなりの日数、風雨と夏の日差しに晒され、使い物にならないだろうと思っている、でも、一度は行かないと胸のつかえが取れない、それで駄目なら、キッパリとあきらめるつもりでいる。

  大勢の方に迷惑をかけてしまった、平身低頭、謝ることしか僕にはできなかった、山仲間、仕事関係、リフォーム業者の方々、そして家族、申し訳ありませんでした、お許しください。

  今回、人の情けのありがたさが、本当に身にしみた、前鬼林道の駐車場で幕営されてた、木村さんともうお一方、これから釈迦に登ると云っておられました、「何か余ってる食べ物があったら分けていただけませんか」とたずね、事情を話したら、パンと暖かい味噌汁をご馳走頂いた、涙を流しながら頂きました、もっと食べてと仰って頂いたが、喉を通らなかった、あのおいしさは、どんな高級料理でも勝てません、この食事がなければ、前鬼口までどれほどの時間がかかったか分かりません、ホントにありがとうございました。

  そして、前鬼口のバス停から、吉野まで車に同乗させていただいたご夫婦、名前すらお教えいただけませんでした、ドロドロに汚れた、サングラスをかけた人相風体の悪い汗臭い男を、よく同乗させていただいたと思っています、おそらく下北山村に在住の方だと思います、70前後のご夫婦でした、車中で頂いた黒糖の飴がおいしかった、事情を話すと、バスの便の多い楢井まで乗せていただいて、バスの時間まで、すぐに来ることを確認してから、下ろしていただいた、シートを汚しはしなかったかと、今も気にしています、おかげで上市まですぐにいけました、ホントにありがとうございました、僕には走り往く車の後姿に、頭を下げることしか出来ませんでした、お許しください、お世話になり本当にありがとうございました。

  小仲坊の公衆電話の「善意の小銭」、必ずお返しに上がります、ありがたく使わせていただきました。


  ここまで偉そうに生きてきた自分への天罰だと思う、しかしビバーク中は死への恐怖を覚えることも無ければ、怯えることも無かった、ただ夜が明けるまで寒さに耐えた、事実はこれだけだと、今思っている、いい経験をしたと、授業料は高くついたが、今はそう考えている、家内、そして子供達には眠れない夜を過ごさせてしまった、本当に心配をかけて申し訳なかったと思う、自身の不甲斐なさに、しばらく落ち込んでいたが、また山に向かう気力が湧いてきた、今、こうして今回のアクシデントを詳細に書いていて、ふと思った、毎日のように大勢の方が事件事故で無くなっている、春には東北の地震で瞬時に2万人ちかい方がなくなった、自分の死は、いつ来てもおかしくない身近にあると感じている、長いようで短い人生、悔いの無いように、残りの人生を歩みたい、そして山も、もう中高年のいい歳なのだから、今まで以上に慎重に歩きたいと思っている。

  最後に、大勢の方に、ご迷惑をかけ、ご心配頂いた、本当に申し訳ありませんでした、お許し下さい、心より深謝いたします。

                                                        2011/8/11 記